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A22系レオーネの歴史

A22レオーネ

 技術的には世界最高水準のスバル1000/ff-1も、当時の未熟なユーザーレベルでは理解されず、思ったほど売り上げは伸びなかった。特に、デザインと高級感不足を指摘する声は多く、富士重工としても売れる車をディーラーに提供する必要性に迫られていた。1970年6月の1300Gに続いて1971年2月と10月に実施されたR-2のマイナーチェンジはとても評判が悪く、ディーラーにとっても死活問題となっていたのだ。このような状況下で投入されたのが、1971年10月に登場したレオーネなのである。

クーペ登場(1971年10月)

登場の背景、開発コンセプト

レオーネクーペ1400GSR スバルff-1をモデルチェンジさせるに当たり、富士重工がとった手法は、レオーネという新規車種をクーペで投入し、後に追加車種という形で本命のセダンを投入する、というものだった。同じ手法としてはスプリンターやパブリカスターレット/コンソルテの例がある。スプリンターは1970年にクーペが登場し、翌年に4ドアセダンを投入している。パブリカスターレット/コンソルテも同様で、1973年4月にクーペが登場し、半年後の同年10月に4ドアセダンが投入されていた。後のレックスもレオーネ的な投入方法をとっている。また、車名こそ違えど三菱のギャランFTOとランサーも同じ手法で発売されている。ただ、クーペを先行投入してからセダンを追加するという手法は少数派だった。スバルとしては初のクーペボディでff-1よりも豪華でスポーティなイメージをユーザーに植え付け、セダンではそのイメージを生かして拡販するという考え方を採っていた。
 販売面でいえば、競合他車は変わり型としてクーペを基本的にラインナップしており、ディーラー側からの要求が強かったことが伺える。なお、ff-1はレオーネ登場の直前にマイナーチェンジを受け、併売するという形をとっていた。このことによって、スバルの小型車は一時的に2種のモデルが用意されることとなった。
レオーネクーペ1400DL スバルとしてはサンバー以来のペットネームを採用し、大々的なマスメディア作戦を採ったのも特徴であろう。宣伝は富士重工としては初めてのタレント起用を行った。当時人気絶頂の歌手、尾崎紀世彦をメインに据え、“野生の響き”というキャッチフレーズで一大キャンペーンを張った。こうしたキャンペーンを行うこと自体富士重工としては異例のことであった。ちなみに、レオーネとはイタリア語で“雄ライオン”の意。この車名からもレオーネに精悍さと力強さを求めていたことが伺い知れる。レオーネ発売当時は自然回帰がひとつのトレンドとなっていて、その流れに乗ったネーミングともいえる。
 また、スペシャリティカーとしてセリカが1970年12月に登場し、この手のモデルが脚光を浴び始めていたこともあった。さらに、1969年のホンダ1300に加え、1970年10月には日産がFF大衆車としてチェリーを投入し、これらのモデルと差別化する必要性があった。チェリーは全長こそff-1よりも短かったが、全幅は1470mmという数値でff-1と大差なく、ff-1の1100シリーズと競合する関係になっていた。なお、1969年10月にはマツダがロータリーエンジンを縦置きFFにしたルーチェロータリークーペを、1970年にはダイハツが4月にフェローMAXをFFとしてモデルチェンジしており、FF車がトレンドになりつつあった。そのような状況の中で登場したレオーネは高い注目を浴びたといえよう。

ボディサイズ・デザイン

レオーネクーペ1400GSR(オプション仕様) ボディサイズは全長×全幅×全高は3,995×1,500×1,340mm(GSR)と発表された。ff-1スポーツセダン(オーバーライダー無し)と比較して、全長は95mm、全幅は20mm拡大された。全高はクーペボディだけに35mm下げられている。
 エクステリアデザインはダイナミックで野性味あふれるものを採用している。流れとしてはff-1 1300Gのものをそのまま受け継いだものである。排気ガス規制が検討されている段階であり、触媒等の排気デバイススペース確保という名目でロングノーズ・ショートデッキのデザインとした。スバルはこのスタイルを“ロングノーズ・ホットテール”と称していた。セミファストバックとした上でショルダーラインをコークボトルスタイルとしているのも1970年代的である。フロントグリルは馬蹄型モールを装着し、さらに六連星エンブレムの周囲をU字型モールで囲むという立体感のあるものになった。六連星エンブレム周囲の馬蹄型モールはボンネットのプレスラインに合わせているのがデザイン上の特徴になっている。なお、試作車では角型ヘッドライトが検討されていたが、角型ヘッドライトの耐久性やコスト面から採用が見送られ、代わりに丸型ヘッドライト周囲に角型のメッキベゼルを装着していた。リヤ周りは平行四辺形3連テールが装着され、バックランプはバンパー下に別置きされていた。サイドビューはガラス面積を狭めて車高が低いイメージを出したが、相対的にロワーボディが厚みを増したものとなってしまい、クーペとしては妙に腰高感のあるデザインとなってしまった。この腰高感はレガシィに切り変わる直前の3代目レオーネまで指摘されることとなる。サイドビューのアウトレットの処理やロングノーズ具合などについては、先行して発売していたホンダ1300クーペの近似性を指摘する声があったようだ。富士重工はレオーネにサッシュレスドアを与え、加えてBピラーをブラックアウト処理していた。1970年代前半はハードトップが流行の兆しを見せており、レオーネにもピラー付ながらハードトップ風のデザインを採用したことになる。また、クーペボディとしたことによって、この頃から顕著になるアイライン風のウインドーグラフィック処理を採用しなかったため、後方視界はまだましなほうだった。
クーペGSのインパネ インテリアデザインは立体的なコーンケーブ型インパネを採用。このデザインをスバルでは“Lボーンインパネ”と呼んでいた。グローブボックスを手前にせり出させ、やや奥まったところにメーターやラジオなどの操作・視認系統を配置するという手法をとった。このデザインも1970年代的である。グレードに応じてインパネには木目の化粧パネルが装着され、高級感を演出しているのが特徴。ただ、当時のスポーティーカーが好んで標準装備していた補助メーターはレオーネにはディーラーオプションでの用意となり、見た目での豪華さ、スポーティーな演出では見劣りするものがあった。また、メーカーオプションで吊り下げ型エアコンを設定していた。装着場所は助手席アンダートレー部分であった。特徴はシートで、フロントにシースルーハイバックシートを採用した。バックレスト部とヘッドレスト部の中間に穴を開け、ハイバック特有の後席着座時の圧迫感を減らす工夫がなされた。また、ここに手を入れてアシストレールを兼ねるという芸の細かさだった。グレードと外装色によってはシートカラーを2トーンにしているのも売りだった。

メカニズム

EA63型エンジン(ツインキャブ仕様) 基本的なメカニズムである水平対向4気筒FF方式は継承したものの、整備性向上とブレーキ性能強化を理由としてフロントのダブルウィッシュボーン/トーションバーサスとインボードブレーキを捨て、ストラット/コイル式フロントサスとアウトボードブレーキに変更された。ff-1までのインボードブレーキの場合、もともとブレーキ径の拡大が不可能なまでのサイズとなっていて、設計の自由度に制約があったからである。また、パッド交換にもかなりの手間と費用がかかるため、アウトボード式に変更したという経緯がある。しかし、この変更によって従来のセンターピボット方式による操安性のよさも捨てられ、とても重いステアリングフィールとなってしまった。実際、発売当時のユーザーレポートや試乗評価ではステアリングの重さが常に指摘されていた。リヤサスペンションはセミトレーリングアーム/トーションバーと変化ない。
 レオーネで特筆されることは、ディスクブレーキ仕様に国産初のクロス配管ブレーキパイプを採用していることだろう。現在では常識となっている装備であるが、当時の自動車は左前と左後、あるいは前輪と後輪というような配管を施していた。このため、片効きになったときにスピンする恐れがあった。インボードブレーキも確かにすごいが、むしろ評価されてしかるべきはこのブレーキ配管ではないだろうか。
 エンジンはEA63型1400ccを搭載。シングルキャブ車とツインキャブ車の2種を用意していた。最高出力はそれぞれ80ps、93psと発表された。1300GのEA62型と最高出力は変わらないが、100cc増えた分を低速トルクに回した格好である。これによってドライバビリティを向上させた。トランスミッションは4速フロアMTのみ。レオーネ登場時点で大衆車クラスの5速MTはカローラ/スプリンターのクーペ1400のみが採用していたくらいで、4速MTはある意味常識的といえた。最高速度はシングルキャブ車が160km/h、ツインキャブ車は170km/hと公表されている。
 なお、航続距離を稼ぐ意味からも、燃料タンクは大衆車クラスでは異例に大きい50ℓとし、ロングドライブ向きであることをアピールしていた。この燃料タンク容量は、後にオイルショックに見舞われたときの大きなセールスポイントになった。但し、燃料タンクの位置をff-1のリヤシートクッション下からリヤシートバック後方に移設したため、トランクの奥行きが減ってしまったことはマイナスポイントだった。実際、ff-1から乗り換えたユーザーにとっては不満に映っていたようである。

バリエーション・価格

クーペGSRのインテリア グレード展開はツインキャブにGSRとGS、シングルキャブにGLとDLを設定。基本車種で合計4機種を用意した。なお、DLのみドラムブレーキ仕様とディスクブレーキ仕様が選ぶことができる。GSRはシリーズのトップグレードであり、オーバーヘッドコンソールやサイドストライプ、145SR13ラジアルタイヤ、ブレーキサーボ、熱線リヤデフォッガーなどを標準装備していた。GSはGSRからブレーキサーボとラジアルタイヤを省略したモデル。基本装備はGSRとほぼ共通だった。GLはシングルキャブのトップグレードで、AMラジオはもちろん、時計やタコメーター、色挿しフルホイールキャップ、センターコンソールボックスなどを装備していた。DLはシリーズのベーシックモデルで、ヒーターとAMラジオを標準装備。ライバル車種のデラックスグレードに相当した。
 価格は、DLドラムブレーキ仕様59.7万円、DLディスクブレーキ仕様61.4万円、GL64.9万円、GS69.4万円、GSRは71.9万円と発表された。ライバルと比較しても価格は高めの設定だった。

レオーネクーペDL このように、レオーネは素人受けするべくスバル1000/ff-1で培った合理性をかなぐり捨て、かなり俗化した内容になっていた。ユーザーにとっては所有欲を満たし、富士重工にとっては利益の出る車にしたい・・・。レオーネは台数を売る宿命を背負い、結果として『売れる』車作りをした。それは、カタログの見開き2ページでデザインについての解説に割いたことに現れている。つまり、マーケティング主導の企画であり、今までの富士重工では考えられないことだった。反動といえばそれまでだが、それにしてはあまりにも極端な変貌振りに戸惑いを隠せないユーザーもいたようだ。もちろん、俗化したことによってそれまでの客層とは違うユーザーを獲得し、シェアも伸びていったが、それまでの熱心なファンも失うという結果となってしまったのである。レオーネの評価が低い理由はそこにあるのではないだろうか。しかし、立ち上がりは好調で、デビュー直後の1971年11月の販売データは、モデル末期のff-1が2,025台に対してレオーネは3,973台であった。ちなみに、グランドファミリアクーペは2,986台、サバンナクーペは3,461台、ギャランFTOは2,993台、さらにサニーエクセレントクーペは3,254台の実績を残している。

4ドアセダン追加(1972年2月)

開発コンセプト・デザイン

レオーネ4ドアセダン1400GL クーペ登場から4ヶ月後の1972年2月、本命車種といえる4ドアセダンを追加した。キャッチフレーズは“クーペから生まれた魅惑のセダン”。クーペの先行投入をまさに活かした広告戦略である。デザインもクーペのイメージをそのままに、流麗なセミファストバックスタイルとしたことでスポーティなイメージを植えつけようとした。ただし、居住性を高めるためにグリーンハウスを拡大し、クーペでは不足気味だったヘッドクリアランスを確保している。そのため、全長×全幅は変わらないものの、車高のみ1385mmとしている。特徴としては、セダンにもサッシュレスドアを採用し、リヤドアの三角窓を省略したことである。サッシュレスの4ドアは国産初の採用だった。現在でいうところのピラードハードトップ形状であり、これは現在のスバル水平対向エンジン搭載車のアイデンティティの一つとなっている。この頃、リヤドアの三角窓を省略する手法が大流行していて、トヨタのクラウン(MS60)、日産のブルーバードU(610)、チェリー(E10)、少し遅れてスズキフロンテ(LC20)などが用いていた。レオーネの後に登場するレックスの4ドアも三角窓を省略していた。ちなみに、国産初のピラーレス4ドアハードトップを採用した日産セドリック/グロリアは1972年8月に登場している。
セダンカスタムのインパネ デザイン細部に関しては、フロントセクションをクーペと共用しつつ、クーペのアグレッシブなデザインは影を潜め、幾分落ち着いたデザインとしていたが、グリル周囲を取り囲むメッキモールを追加し、彫りの深いフロントマスクは十分個性的だった。競合車種としては、クーペ同様サバンナ/グランドファミリアをはじめ、カローラ、サニー、ホンダ1300、さらに少し上のカリーナ、コルトギャラン、ブルーバード510あたりがあげられる。これらと比較しても高級感を感じさせるデザインとしていた。ただ、ボディサイズの割りに室内空間は広かったものの、排気量ベースで考えれば割高感は否めなかった。
1400カスタムの内装 インテリアデザインはクーペとはまったく別のデザインが与えられた。特にインパネはどちらかというと平面処理的なデザインで、室内の広々感を演出したといえる。フロントシートは居住性が向上したため一般的なハイバックシートとした。

グレード展開・価格

 グレード展開は上からカスタム、GL、DLの3種。エンジンは全車シングルキャブとされた。カスタムはff-1 1300Gカスタムの後継機種で、木目調インパネやリヤシートヘッドレストなどを継続して装備する。トランスミッションは4速コラムMTのみ。また、このグレードのみオートチョークを装備していた。GLはレオーネの上級量販グレードで、木目調インパネや時計、センターコンソールなどを装備する。ただ、クーペと違うのはタコメーターと色挿しフルホイールキャップを省略したことである。DLは普及量販グレード。クーペDLと装備を共通としていたが、ディスクブレーキはオプション扱い。
 価格は、カスタム64.7万円、GL62.9万円、DL58.4万円と発表された。クーペ同様、割高感が否めない内容で、例えばレオーネGLに相当する装備品を持つ競合車種と比較すると、グランドファミリアセダンGLは62.0万円、サニーエクセレントセダンGLは60.7万円、カローラ4ドア1400ハイデラックスは59.5万円。1クラス上のモデルであるコルトギャラン14Lカスタムは61.3万円だった。
 4ドアセダンの登場により、レオーネシリーズはバリエーション編成が整ったかに見えた。しかし、まだボディは増殖するのである。

2ドアセダン/エステートバン/1100シリーズ/スーパーツーリング追加(1972年4月)

 4ドアセダン登場から2ヵ月後の1972年4月、シリーズに2ドアセダン/エステートバン/1100シリーズ/スーパーツーリングが追加された。

2ドアセダン

レオーネ2ドアセダン1400GL 今となっては絶滅してしまった2ドアセダンだが、ff-1の頃にも設定があったし、競合他車にも用意されていたから、ラインナップ自体は別に不思議なことはないのだが、驚かされたのはそのデザインだった。4ドアをベースとしたセミファストバックデザインながら、フロントドアとエアアウトレットをクーペと共通部品とすることによって非常にクーペに近いエクステリアをまとっていたのである。特にサイドビューはクーペに限りなく近く、これこそキャッチコピーの“クーペから生まれた魅惑のセダン”そのものであった。クーペが欲しいが価格が高い、あるいは居住性に二の足を踏んでいたユーザーには格好のモデルとなった。このエクステリア以外では4ドアセダンと共通である。ただ、ff-1に設定されていたスポーツセダンはクーペに移行したため、2ドアセダンには用意されなかった。
 2ドアのラインナップ展開は従来の1400ccのほかに、新たに1100ccシリーズを加えている。1400ではGL、DLに加え、スタンダードを新設定。1100ではDLとスタンダードの2機種とした。スタンダードは2ドアセダンのみの展開で、DLからラジオやフルホイールキャップ、リクライニングシートが省略されるなど、シンプルな装備内容だった。ただ、競合他車と違うのは、スタンダードを2つの排気量に用意した点であろう。考えてみればff-1も1300Gにスタンダードを用意していたのだが、今となってはあまり意味のない設定だったのではないだろうか。

エステートバン

レオーネエステートバン1400DL セダンをベースに開発されたエステートバンは、ff-1時代の2ドアがカタログから落とされ、4ドアのみとしていた点が特徴である。サッシュレスドアを持つライトバンはレオーネが初であったが、結局フォロワーは現れなかった。FF、さらにスペアタイヤ前置きのメリットである低床を活かし、床面地上高を極限まで低めて荷室容積を増やしたのがセールスポイントだった。また、4輪独立懸架を継続して採用したため、乗り心地が格段に良かった。この当時、軽自動車を含めたFFのライトバンはすべでリーフリジッドであり、荷痛みしない乗り心地の良さは大きなアピールポイントであった。但し、燃料タンクを床下に配置したため、容量は37ℓに減少していた。それまでのff-1バンのユーザーに配慮して上下開閉式テールゲートを採用していたが、すでに競合他車のほとんどが1枚跳ね上げ式を採用していたため、時代遅れの感が否めなかった。ブレーキは4輪ドラムを採用していたが、これは他車も同様だった。ラインナップは1400がDL、1100がスタンダード。トランスミッションは、DLがフロアシフト、スタンダードはコラムシフトを採用していた。装備品はセダンに準じており、全車にヒーターを装備し、DLではさらにホワイトリボンタイヤとAMラジオ、リクライニングシートを標準装備していた。

1100シリーズ

 ff-1 1100シリーズの後継機種であるレオーネ1100はスペック等もff-1と共通で、62psの最高出力、145km/hの最高速度も変化ない。競合他車が1200cc車を主力に据えていたのに対してレオーネの場合はあくまでも廉価版の扱い。そのため、市場にはほとんど出回らなかった。ラインナップは4ドアはDLのみ、2ドアはDLとスタンダードの2機種、バンはスタンダードのみに用意している。

スーパーツーリング

 スーパーツーリングは4ドアセダンのツインキャブ車で、ff-1にも同名のグレードが設定されていた。装備面ではGLをベースに145SR13ラジアルタイヤやクーペ用Lボーンインパネ、色挿しフルホイールキャップを採用している。また、セダンシリーズで唯一ブレーキサーボとリヤガーニッシュを装着していた。シートも、格子柄セミファブリックとし、クーペとは違った高級感を演出していた。走行性能などはクーペのツインキャブと変化ない。

 この車種追加によってレオーネのラインナップが一応完成し、ff-1との世代交代は完全に果たした。それにしても、矢継ぎ早のバリエーション追加は何なのだろう。通常であれば、ある程度のバリエーション、あるいはボディラインナップを最初の段階で用意し、せいぜいグレードの追加程度で済ますはずだが、富士重工の場合はごく短期間のうちにボディを追加する手法を選んだ。思うに、生産工程の都合というよりは、乗用車ではR-2とレオーネしか持たない富士重工にとって、ボディをこまめに追加することによってメディアへの露出回数が増えることを狙ったのではないだろうか。似たような例ではダイハツでも見られ、例えばフェローMAXは1970年に2ドアセダンでデビューし、翌1971年にハードトップ、さらに翌年の1972年に4ドアセダンを追加している。まぁ、この場合はちょっと意味合いは違う(ホンダ対策といっていいと思う)のだが。
 なお、2ドアセダン/1100/スーパーツーリングを追加した直後である1972年6月の販売実績は、セダン1100が834台、セダン1400が3,272台、クーペは1,285台だった。

エステートバン4WD追加(1972年9月)

レオーネエステートバン1400 4WD 当時としては異色であり、同時に現在の富士重工の方向性を決定付けるモデルが登場した。それがこのエステートバン4WDである。この車のパイロットモデルは、有名なff-1 1300Gバン4輪駆動車。レオーネが登場した年の東京モーターショーに参考出品されていたものをレオーネに改変して登場した。ベースは1400エステートバンDL。このモデルのトランスミッション後方にプロペラシャフトとブルーバード用リヤデフを装備し、4WDとした。この基本的レイアウトは現在の“シンメトリカルAWD”として現在も受け継がれている。想定ユーザーを積雪地帯の電源開発や土木作業の連絡用途、山間僻地の医療用などとしていたため、最低地上高を210mmと高めに取っていたことと走行中でも切り替え可能なトランスファーを持っていたことが特徴でもあった。クロスカントリー車並みの悪路走破性と乗用車並みの乗り心地を備えていたため、想定ユーザー以外にもアウトドア派のユーザーにも好評をもって受け入れられたが、当時としてはあまりにも特殊すぎ、ほとんど宣伝されなかった。実際、販売はしてみたものの、どのような顧客に受け入れられるのか見当が付かず、手探りの販売開始となった。
 エンジンはEA63型1400ccを排気管の取り回しの関係で77psにデチューンされていた。低速高回転走行をする場面があることを想定して冷却関係には念入りな対策を施し、ラジエーターはツインキャブ用を装着し、さらに従来の電動ファンに加えてクランクシャフト直結の冷却ファンを装備していた。燃料タンクはプロペラシャフトを床下に備えたため左右分割形(タンク後端に連結パイプを持つ)となり、32ℓとエステートバンよりも5ℓ減らされていた。ライトバンだけにサスペンションは元々ハードタイプだったが、悪路走行を重視してフロントコイルスプリングはツインキャブ用を装着し、さらに固められていた。最高速度は140km/hだった。装備品としては155SR13スノーラジアルタイヤと前後マッドガード、輸出仕様のフロントオーバーライダーを装着。ヒーターは標準装備だったがラジオはオプション扱いとしていた。価格は79.8万円とシリーズの最高価格車となっていた。

4ドアセダンカスタムフロアシフト車追加(1972年11月)

 それまでコラムシフト仕様のみだったカスタムにフロアシフトが追加された。これにより、コラムシフトに躊躇していたユーザーも手を出せるようになった。

クーペRX追加(1972年12月)

レオーネクーペ1400RX クーペにホッテストモデルであるRXが登場する。競技用ベースモデルとしての設定だった。ライバルとしてはカローラ/スプリンターのクーペ1400SR、サバンナクーペGTなどだった。クーペGSRをベースにラジオレスとし、新設計の5速クロスミッション、155SR13ラジアルタイヤ、4輪ディスクブレーキを標準装備していた。外装もフロントグリルの馬蹄形モールをブラックアウトし、専用ストライプとボンネットデカールを装着して一目でRXとわかるようにしていた。エンジン関係での変更点はない。4輪ディスクブレーキは大衆車クラスでは初の装備で、性能面でのハンデをブレーキで補ったといえよう。
 RXの登場によって、スバルのワークスチームやff-1を使用していたプライベーターたちがレオーネに乗り換えてラリー等に参戦することになる。FFということもあってグラベルでは強かったのだが、ff-1と比較して車重が増したことや視界が悪いことなどが災いし、国内では1974年の日本アルペンラリーで総合優勝を飾ったものの、それ以外では主だった戦果は挙げていない。海外ではマラソンレイドを中心に参加しており、バハ1000kmラリーやプレス・オン・リガードレスなどでクラス優勝している。なお、インプレッサのWRXはこのレオーネRXのグレード名にちなんでいる。

ハードトップ追加(1973年6月)

開発コンセプト

レオーネハードトップ1400GFT レオーネに第5のボディバリエーションであるハードトップが追加された。軽自動車にまで及んだハードトップの流行だが、大衆車クラスでは、実はレオーネが初ということになる。ベースはクーペだが、レオーネの場合、もともとサッシュレスドアを採用していたから、ハードトップの変更は比較的容易であった。
 デザインコンセプトは“ネオ・クラシック”。クーペと比較して年齢層を高めに設定し、内装色もこの手の車にしては珍しいブラウンとブルー、そしてブラックの3色を用意。クーペと徹底的な差別化をするべく内外装に豪華なイメージを盛り込んではいたが、その手法は一昔前のハイソカーのさきがけであった。ツインキャブ車も用意してはいるが、カタログでもスポーツ性は強調せず、むしろ高級パーソナルセダンとして販売していくことになった。つまり、主力モデルであるシングルキャブのGFでは2ドアセダンGLの上を行く、セダンカスタムの2ドアモデル的性格を与えられていた。広告宣伝では女優の鰐淵晴子を起用、キャッチコピーは“心ときめく夜のハードトップ”で、明らかにアダルト層を狙い撃ちにしていた。

デザイン

ハードトップGFのインパネ 外装では、フロントとリヤのウインドー、フロントフェンダー、サイドドア、トランクリッドをクーペと共用し、ルーフとリヤフェンダー、リヤクォーターウインドーを専用のものに変更している。当時はセンターピラーレスのタイプをハードトップと呼んでいたから、当然レオーネもセンターピラーレスタイプを採用していた。サイドウインドーグラフィックは“スクエア・カット”と呼ばれ、ボディ剛性を増すためにCピラーを太くしている。このため、クーペで指摘されていた室内の圧迫感がさらに増し、後方視界も悪化した。フロントマスクでは専用のボンネットと丸目4灯ヘッドランプを装備して格調の高さを演出。テール周りは上下2段式テールランプにシルバーのガーニッシュを装着していた。前後に専用デザインのゴム付バンパーを装備したため、全長は4,035mmと40mm伸びている。また、全高は5mm増えて1,350mmにしていた。リヤウインドーをクーペほど寝かせなかったため、後席のヘッドクリアランスに多少余裕ができ、2ドアセダン的な使い方ができるようになっていた。
ハードトップGFのインテリア 内装はインパネデザインが一新された。メーターナセルが角型に、空調スイッチが縦型に変更されている。また、空調面の充実がインパネ変更の目玉となっており、無段階温度調整レバーと助手席ベンチレーターが新設された。また、インパネデザインの一新に伴い、メーカーオプションのクーラーが従来の助手席前からダッシュボード組み込み型のエアコンとなり、左右席での温度差がなくなり、デザイン面でもすっきりとしたものになった。フロアコンソールはフタ付になり、センターコンソールも専用デザインとしている。後席居住性では、リヤサイドのポケットがクォーターウインドーの開閉の関係で消滅し、代わりにアシストグリップが装備された。ボディカラーとグレードに応じて天井からフロアカーペット、シート、インパネ、果てはサンバイザーにいたるまで同一色調に統一したコーディネイトカラーとしているのが特徴であった。また、フロントシートはクーペで好評のシースルーハイバックとしていたが、クーペよりも上級志向であったことから、リヤシートも含めて全車トリコットクロスを用いていた。

グレード展開

 ツインキャブ車がGFT、シングルキャブ車はGFとFLの2種。GFTはクーペGSRに相当するが、オーバーヘッドコンソールは省略され、ラジアルタイヤの代わりにダブルリボンタイヤを装着していた。GFはクーペGLに、FLはクーペDLに相当した。ただ、GFはエンジン、ブレーキ等のメカ関係以外の装備品はGFTとまったく共通で、クーペGLよりも装備が多少豪華になっていた。前出のトリコットクロス張りシートやリヤ熱線デフォッガーなどが新たに追加され、どちらかというとセダンカスタムに近い。セダン/クーペGL以上に設定のあった時計やカーペットマット、センターコンソールボックスももちろん標準装着となり、GFT/GFは大衆車クラスではフル装備に近い内容を誇っていた。FLにはドラムブレーキ仕様の設定はない。シートもトリコットクロス張りとなり、クーペDLよりは多少高級感があった。GFTとGFでは外装色にあわせてブラウンとブルーの2色の内装色を用意、大衆車クラスでは珍しいフルトリムインテリアも採用して1クラス上の上質さを狙った。FLはブラックのみである。

メカニズム

 ハードトップ化したために車重は820kg(GFT)となり、GSR(775kg)と比較して45kg重くなった。また、シリーズ初のチューブレスタイヤを採用すると共に、ホイールリムが4J→4.5Jに広がり、見た目の安定感が増した。エンジンについては、ハードトップを含めてシリーズ全車が48年排出ガス規制をシリーズで初めてクリアした。内容はダッシュポット(シングルキャブ車)、バキュームコントローラー(ツインキャブ車)、無鉛化対策バルブシートの装着が主である。カタログデータでの変更はない。

 1クラス上をイメージした落ち着いた内外装は好評で、当初はレオーネクーペの変わり型程度の扱いだったが、後にはこのモデルがイメージリーダーとなる。逆に、クーペの販売量はハードトップ登場を境に激減してしまった。

マイナーチェンジ(1973年10月)

開発コンセプト

レオーネクーペ1400GSR レオーネ発売から丸2年が経過し、初のマイナーチェンジを受ける。レオーネが発売されている間、直接の競合車種であるサバンナ/グランドファミリアなどに加え、1973年1月に日産バイオレット、2月に三菱ランサーが登場し、5月にはサニーがフルモデルチェンジを実施するなど、軽自動車クラスが車検の実施等で逆風が吹く中、大衆車クラスに注目が集まっていた。レックスを持つ富士重工としても、斜陽化する軽自動車クラスからの受け皿となるレオーネの商品力向上はある意味必然といえた。特に、発売直後は好調な立ち上がりを見せたものの、マイナーチェンジ直前時には月販2,000〜3,000台前後を推移していたレオーネにとって、競合他社の販売台数からすれば物足りなさを感じるものであった。今では考えられないことではあるが、登録車でコンソルテ1車しか持たないダイハツにすら販売台数で下回ることがたびたびあったのである。マイナーチェンジは主にセダン、クーペ、エステートバンに実施され、内容としては保安基準改正への対応をメインに内外装の変更、エンジン・グレードの見直しなど、多岐にわたるものであった。

メカニズム

レオーネエステートバン1400GL エンジンは、1100ccのEA61型がカタログ落ちし、新たに1200ccのEA64型が開発された。最高出力は6馬力アップの68psとなり、最高速度は150km/hに向上した。なお、1200cc車は11月からの発売とされた。同時に、燃料もツインキャブ車を含めて全車種無鉛レギュラーガソリン対応とした。このため、48年排出ガス規制対策の有鉛プレミアムガソリン仕様(ツインキャブ)車はわずか4ヶ月でカタログ落ちしたことになる。ブレーキ関係ではそれまで1系統方式だったドラムブレーキ車の配管をクロス式2系統方式に改良している。また、ホイールリムがハードトップ同様4J→4.5Jに変更されると同時に、タイヤ自体の見直しも図られた。バイアスタイヤ仕様はチューブレスタイプになり、ツインキャブ車ではタイヤサイズが変更され、スーパーツーリングとGSRは145SR13→155SR13に、RXは155SR13→165/70HR13に、それぞれ変更された。また、エステートバンの航続距離の短さがユーザーより指摘されたため、荷室高を995mm→860mmに狭め、高床化した分燃料タンク容量を全車種45ℓに増量した。

バリエーション

 RXで好評だった5速クロスミッションをツインキャブ車全モデルに拡大設定。これは、競合他車が続々と5速MTを設定したことに対応したものだった。また、エステートバンにワゴンとしても使えるトップグレードの1400GLを新設した。エステートバン1400GLは大衆車クラスのバンとしては珍しくディスクブレーキを採用し、さらに重量物積載時を考慮してシングルキャブ車で唯一ブレーキサーボを標準装備していた。その他の装備品レベルもセダンGLに準じてはいるが、ドアトリムはDLと共通のセミトリムとされるなど、若干簡略化されていた。なお、クーペGSと2ドアセダン1400スタンダードはこのマイナーチェンジを機にカタログ落ちした。

デザイン

レオーネエステートバン4WD 外装の変更点は、クーペ、セダン/エステートバンともに縦ルーバーグリルをやめ、クーペではブロックタイプに、セダン/エステートバンでは横ルーバーに十字型オーナメントをグリル左右に収めたデザインにしている。なお、セダンのフォグランプは十字型オーナメントと交換することでグリル内にビルトインすることができた。スモールランプとフロントウインカーを独立式に改めているのも特徴である。クーペの角型ライトリングも廃され、フロント周りが幾分すっきりした印象になった。また、エステートバン4WDのフロントマスクはこのマイナーチェンジを機にクーペ顔とした。テールランプも新意匠とし、クーペではバンパー下のバックアップランプをやめて4連平行四辺形タイプに、セダンではランプユニット内の配置を変更している。エステートバンのテールゲートは1枚跳ね上げ式に変更された。さらに、エステートバン4WDではリヤワイパーを追加装備した。
 内装では、ハードトップで先行採用された角型メーターナセルデザインのインパネに変更。クーペとスーパーツーリングはハードトップと共通のデザインだが、セダンのシングルキャブ車とエステートバンは段付きのある独自デザインとされた。これに伴い助手席ベンチレーターが新設され、空調レバーの操作方法もハードトップに準じた内容になっている。

 なお、このマイナーチェンジの直前に、50年排出ガス規制適合のSEEC-B(サーマルリアクター+酸化触媒)システムを発表している。
 マイナーチェンジによってレオーネの商品力は確かに向上した。しかし、翌11月には中東戦争に端を発するオイルショックが勃発し、車が売れない時代に突入していく。そんな中レオーネは、スバル1000時代から比較すれば重くなったとはいえ、相対的に軽いボディがもたらす低燃費と大容量燃料タンクによる航続距離の長さがメディアから評価された。特に、100ccプラスされてドライバビリティが向上した1200DLの評価が高く、1200cc車の比率が高まっていく。また、厳しさを増す排出ガス規制を前にクリーンエンジンの開発に翻弄されていくのである。

マイナーチェンジ(1975年1月)

レオーネセダン1400 4WD 前回のマイナーチェンジから1年2ヶ月経過した1975年1月、レオーネは再びマイナーチェンジを受ける。デザインの変更は最小限にとどめ、エンジン改良、バリエーションの見直しなどがメインとなった。このマイナーチェンジ直前に、1973年10月発表のSEECとは別方式の50年排出ガス規制対策システムであるSEEC-Tを発表していたが、48年排出ガス規制のままのマイナーチェンジであった。

メカニズム

 このマイナーチェンジの最大の目的は50年排出ガス規制への準備と称する、エンジンの改良だった。吸気バルブと排気バルブを入れ替えるという大変更を行う。このため、EA63/EA64というエンジン型式こそ同じものの、中身はまったく違うという、新開発に近い内容であった。また、エンジン・ミッションマウントも変更し、それに伴いフロアパネルも新規部品とした。フロントサスペンションにはロアアームにリーディングロッドと称するスタビライザーが新規に取り付けられ、操安性を改良している。また、クーペRXのホイールリムは4.5Jから5Jに変更された。これに伴い、エンジンルーム内にスペアタイヤを収めることができなくなったため、格納場所をトランクルームに移設した。

デザイン

セダン4WDのインパネ ハードトップで好評だった4灯式ヘッドランプをセダン1400GL以上に拡大設定した。ただし、フェリー積載金額等の関係から、バンパーはセダンのものをそのまま流用したため、全長での変更はない。フルホイールキャップが廃止され、セダンではハードトップと共通のハーフキャップに、クーペGLはGSRと共通のハーフキャップになった。内装ではセダンGL以上のシートをクーペ/ハードトップと共通のシースルーハイバックタイプにグレードアップし、スポーティさを植えつけるとともに後席の居住性を改善した。保安基準の変更に伴う安全面での充実もこのマイナーチェンジの特徴で、フロントに3点式シートベルトを、リヤに2点式シートベルトを全車標準装備した。さらに、レックスの上級グレードに先行投入されていたブレーキモニターをメーターパネル左下(時計の下)に、スタンダードを除く全車に新設した。このため、時計下に装着されていたカスタムのリヤ熱線デフォッガースイッチはインパネ右下に移動され、形状もシーソー型からプルスイッチとなった。空調の操作方法も変更され、センターベンチレーター横のシャッターノブは内外気切り替えレバーに、空調吹き出し口レバーも絵文字表示となった。

グレード展開

レオーネ4ドアセダン1200GL バリエーションでは、量産車世界初となるセダン1400 4WDを新設。セダンカスタムをベースに、エステートバン1400 4WDのシャシーをそのままセダンに置き換えたものである。スペック等もエステートバンと同一だった。セダンの快適性でクロスカントリー車並みの走破性が受け、じわじわと人気を増す車となっていった。4WDはトランスファーレバーを持つためセンターコンソールが省略され、リヤシートヘッドレストも省略していたが、代わりにタコメーター、155SR13ラジアルタイヤを装備。このため、インパネ周りはクーペ/ハードトップ/スーパーツーリングと共通のデザインとなり、これに伴いライトスイッチも文字表記のものとなっていた。同時に、富士重工はクーペRXで参戦していたラリー活動をセダン4WDに切り替え、国内を中心とするハイスピードラリーから海外のマラソンレイドに転進していく。
 また、イージードライブ派の要望が多かったAT車を4ドアセダンカスタムとハードトップGFに新設定した。ATは富士重工と日本自動変速機(JATCO)の共同開発によるもので、前進3段のフルATとしていた。この当時、国産FF車のATはシビックに搭載されていた2段セミATのホンダマチックと、チェリーに搭載されていた4段トルコンオートクラッチの日産スポーツマチックしかなかった。そのため、AT車自体では最後発の投入ではあったが、使い勝手ではFFの競合AT車に対してリードしていた。
 さらに、オイルショックに端を発する省エネブームに対応して、4ドアセダン1200に豪華装備のGLを追加した。これは、オイルショックを機に1200DLが自動車ジャーナリズムから高い評価を得たため、市場からDLの豪華版が望まれていたことによる。その一方で、クーペDLとハードトップFL、セダンカスタムのコラムシフト車、ツインキャブの4速MT車がカタログ落ちした。

マイナーチェンジ(1975年10月)

SEEC-T登場時の雑誌広告 前回のマイナーチェンジから10ヶ月で早くもマイナーチェンジを受けた。A22系としては最後のマイナーチェンジである。主な変更点は、内外装の変更とエンジンの見直し、そして51年排出ガス規制のクリアであった。

メカニズム

 このマイナーチェンジが行われる以前から、自動車メディアにはSEEC-T採用の50年排出ガス規制適合試作車を公開し、試乗させていたのだが、結局は試作車にとどまり、50年排出ガス規制を飛び越えて51年排出ガス規制に適合させての登場となった。
 エンジンの見直しとしては、1200cc車と1400ccツインキャブ車を廃止し、新たに1600ccのEA71型を開発した。これに伴って乗用シリーズ全グレードを1200→1400、1400→1600へと移行している。51年排出ガス規制はSEEC-Tと称するエンジン改良によるものでクリア。触媒やサーマルリアクターなどの、いわゆる後処理装置なしで対応したため、自動車業界を驚かせた。具体的には、リードバルブ式2次空気導入方式によるもので、これを排気脈動を利用して取り入れた。すなわち、オールアルミ水平対向エンジンの素質を最大限に活かした画期的なものであった。このため、ドライバビリティの悪化を最小限に食い止め、51年排出ガス規制車では珍しいツインキャブ車の設定も可能となった。1600ツインキャブ車は95ps、1600シングルキャブ車は82ps、1400シングルキャブ車は72psであるが、排気量が増えた分トルクが増して乗りやすくなっていた。もっとも、1400cc車は8psのパワーダウンとなり、排出ガス規制でのパワーダウンは後処理装置なしとはいえ免れなかったのである。また、触媒などを使わなかったため、価格アップを最小限に抑えて買いやすい価格設定にしていたことも特徴だった。同時に、元々カスタム専用装備品だったオートチョークをシングルキャブ全車に拡大設定している。なお、このマイナーチェンジはFFのMT車のみ実施され、一時的にAT車と4WD車は生産中止となった。

デザイン

レオーネ1400スタンダード 外装ではセダンとクーペのテールランプを変更し、縦に3分割されたデザインとなった。また、マフラーカッターが備わって一目でSEEC-T仕様だとわかった。もちろん、トランクリッドにはSEEC-Tのエンブレムが、リヤウインドーには51年排出ガス規制適合ステッカーが装着されている。セダンシングルキャブ車のフェンダーミラーの材質も変更され、従来のメッキタイプから樹脂製の回転型になっている。内装では、カスタムのフロントシートをヘッドレスト分離型ローバックタイプに、リヤシートをヘッドレスト一体型ハイバックタイプに、それぞれ変更した。また、コストダウンを考慮して、セダンシングルキャブ車とエステートバンのインパネデザインを、クーペと共通化した。
 広告ではSEEC-T採用を機に富士重工始まって以来の大規模なキャンペーンを組んだ。怪人20面相をフィーチャーした宣伝で、「フッフッフ・・・信じられるかね、明智君」のキャッチコピーは流行語にまでなるほどだった。

マイナーチェンジ(1976年1月)

レオーネ1600セダン4WD 前年10月のマイナーチェンジから2ヶ月遅れてAT車と4WD車、エステートバンのマイナーチェンジが行われた。
 乗用シリーズは前年にFFのMT車が先行実施した51年排出ガス規制のクリアがメインである。AT車は82ps、4WD車は80psと発表された。内外装の変更もFF車に準じている。
 エステートバンは排気ガス規制がゆるいこともあってSEEC-T採用は見送られ、FF車では1200スタンダード、1400DL、GLという展開はそのままで、最高出力もセダンの排気ガス規制未対策仕様と同数値である。また、1200スタンダードは、シリーズ中唯一の1200ccエンジン搭載車となった。GLのヘッドランプは丸目2灯式を継続採用した。4WDはセダンが1600に移行したこともあって、1400→1600に換装した。これにより、エステートバンは1200、1400、1600の3種のエンジンを持つことになった。エステートバン4WD用の1600ccエンジンは、最高出力が87psとなり、セダン4WDと比較して7ps大きい数値である。これにより、4WDシステムの重量増加に対して適切なパワーユニットを得たといえるだろう。


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